「銀河と同期すること」
その手始めとして、マヤンカレンダーをしっかりと理解し、覚えること!
だと思って、この3週間ほど毎日記事をアメブロにアップしていました。
そうすると。。。
一日一日が充実してきて、今日の感覚がしっかりと意識出来るようになってきました。
ところが!!!
気がついてしまったのです。
それが、きっと私の中での「とまどい」
ついでに、イクイリブリアムボトルをB6&84をペアで使っていました。
双子座のボトルでもあり、男性性女性性の統合でもあるボトルたち。
私の内側にある“怒り”が、じわじわと浮上。
その理由も、ボトルを使い終わるときに、やっと理解できました。
ハートがとても苦しくなって、
この“怒り”を身体に刻んだ時に、こんなにも苦しかったんだなぁ〜という、再体験。
しかし、その体験のお陰で、私は自立して生きています。
誰かに甘えることが下手=人任せにせず自分でやる
どうしたいい?とは聞かず=どうやったら出来るのかを自分で考える
ネガティブな側面は、自分自身のポジティブな面でもあるのです。
そして、この“怒り”とともに
西暦の時間で生きることと、マヤンカレンダーで生きることのギャップに戸惑っています。
これは、私に起こったことであって、
誰もが同じ体験とするわけではありません。
ひとつの体験です。
マヤンカレンダーで銀河と同期することを意図しながら過ごすと、
とてもポジティブな感覚になります。
日常の困ったことや、面倒だと思うことも
すべてひっくるめて、
私の気づきとして、受け入れられるような感覚が得られます。
西暦で時間を数え過ごしてると、
規則的なルールにとらわれ、「こうしなければならない」という感覚が
強く感じられ、責任感だとか、むりやり呑み込まなければならないと感じます。
確かに。。。。
「いついつまでにしなければならない」
「これが仕事だから、やらなければならない」
「こうなったのは私のせいなんだ」
そう感じることが多く、それが仕事では必要となります。
しかし
西暦で生きていると、「責任は誰に在るのか?」という過去に過ぎ去ったことへの執着を感じるようになったのです。
「だれのせいか?」を考えるより
「どうやったら、達成出来るのか?」
この感覚のほうが、未来へと繋がっていくのではないかな。。。思うのです。
銀河と同期しながら、膨らんでいく未来への希望。
西暦の時間の中で、後退していく囚われの感覚。
いま、このギャップにすごく戸惑っています。
「あなたの責任じゃないから」
そういうことが、もともと私には何の価値も見いだしていなかったので
『責任』より『どうすることが解決なのか』という思考で
自己責任とは、「自分が設定した目標というラインを踏むために何が出来るのか?」ということなのです。
自分の設定した目標とは、自分が望む経験です。
その経験は、魂が望んできたこと。
その魂の望みを得る為に、さまざまな方法を取るわけです。
日常的なことから、大きな体験と、それは様々です。
あの手、この手で、何度も体験しちゃおう〜!て訳ですね。
だから、過去を振り返ったときに
「あれは必然で起こったこと。」と納得出来るのです。
銀河と同期することは、魂の成長を加速させるシフトの方法
それを、引きずり戻されるような感覚になり
レッドのエネルギーのボトルと相乗効果で、“怒り”の基礎となっている体験が甦ったのですね。
B6は、以前はエナジーレスキューボトルだったのですが
B89が生まれて、その役割を譲ったと聞いています。
エネルギーとは、活動力やパワーだけでなく
生命力、グラウンディングするためのものでもあり
ハーモニックコンジャンクションの後に生まれた、タイムシフトボトルが
その役割を担うようになったこと。。。すごく納得です。
そして、両極に位置する、男性性と女性性の統合は
極端にどちらかになるのではなく、どちらでもあり、その壁は無く
必要なときに必要なエネルギーを使うということなのではないだろうか?と気がつきました。
余談ですが、
B89→B90→B91と並ぶボトルの順番に、この意味があるなと思います。
オリーブへのプロセス。
その後に、続く ペールコーラルと大天使ボトルたち。
現在でも大天使ボトルだけが生まれ続けている意図。
2013年の私が感じていたテーマは、「つながり」
2014年は、「自立」
それらが、自分自身の体験として、浮上してきました。
ここ二日ほどは、Facebookもアメブロも、何かを発信し、受け取るという情報の渦から
一旦離脱していました。
そして、なんとなくハートの中に生まれた感覚が、やっと理解できつつある。。。
そんな状況です。
まだまだ、答えは見つからないけど
これも、きっと未来に振り返ったら
「最善の出来事であり、体験であった」と感じることができるのでしょう。
私の場合は、とっても戸惑いながら、自分自身の中の苦しみを手放し、赦すという経験を
オリーブのプロセスとして過ごしていますが、
それは、パターン化された自分自身の殻をやぶることのように思えます。
「もうテストはいらない」って意図したんだもの。
最後の、大掃除であると信じていたいと思います。
また、マヤンカレンダーと同期しながら過ごす毎日を
再開しようかな。
パターンを手放すことを赦す日。
仕事的には、アシスタント募集です。
自立を目指すアシスタント。
どこかにいないかな〜。