【TED】「人生で何をするかということ」

投稿者: | 2015年1月13日

こんにちは!
ブリリアンスドロップのコガジュンです。

 

TEDを見ていて
素敵なことが書かれていたので、シェアしますね。

動画を再生してご覧頂くか、本文(日本語)を記載していますので
よければ、こちらをご覧ください

 

私が何に共感したのかというと。。。

 

どんなに美しい世界中の風景よりも
自分自身の心と向かい合うこと。
それよりも美しい人生の在り方を教えてくれることはないということ。

 

私たちは、外側を探してしまいがちですが
時には、
立ち止まって、たたずみ、
自分自身の人生を見直すこと。

 

自分自身の人生で、何をしようと思っていたのかを
思い出すこと。

 

答えは、
自分自身の内側にある

そのことです。

 

外側にある情報が広がる世界は、
過去に比べたら、
ぐんと便利になり
ぐんと世界を身近にしてくれました。

 

だからこそ、
何かに振り回されるでも無く
何かだけを遮断するのでもなく
極端に、どちらか・・・ではなく
生活の中でのバランスが大切になるということです。

 

上手に関わるには、
上手に、情報を得て
苦手だからと逃げるのでもなく
自分に取って『丁度いい』を見つけることが大切ですね

 

答えは自分自身の中にある

 

これは、どのような場面であれ
どのような状況に居ても

同じです。

 


 

『静かに佇むということ』ピコ・アイヤー

私は生涯にわたる旅人です。 小さい頃でさえ カリフォルニアの 両親の家の先にある 最良の学校より イギリスの寄宿学校に行く方が 安く上がるよう工面しました。
ですから9才の頃から 年に数回は 一人で飛行機に乗り 北極を越えていました。 学校に行くためにです。 もちろん回数を重ねるごとに 飛行機の旅が好きになりました。
 高校を卒業した その翌週には モップがけの仕事につきました。
 18才の それぞれの季節を 違う大陸で 過ごすためです。 必然的にと言いましょうか 私は紀行作家になり 仕事と楽しみが 一つになったのです。
 それから実感し始めたのは もし幸運に恵まれたら ろうそくに照らされた チベットの寺院を歩いたり、 ハバナの海岸通りを 音楽に囲まれながら、 散策することができて、 その音や コバルト色の高い空 真っ青な海の断片を 故郷にいる友人に 持って帰ることができて、 自分の人生にも 魔法や 清澄さをもたらしてくれます。
 ただし、ご存知のとおり旅をして最初に学ぶことは正しい目で見ないと 魅力的な場所など無いということです。
怒っている男性を ヒマラヤ山脈に連れて行っても、食べ物について 不満を言い始めるだけです。
私が気付いたことは 注意深い、感謝の目を養うための 最良の方法は —意外にも— どこかに出かけるのではなく 立ち止まってみる、ということでした。
もちろん静かに座るというのは 忙しい現代人の私たちが 最も切実に必要としているもの 「休息」です。
この行為だけが せわしない人生という スライドショーの中から 過去と未来を つなぎ合わせることができるのです ですから、自分でも驚いたことに どこにも行かないことは 少なくとも チベットやキューバに行くのと 同じくらい心が躍ります。
どこにも行かないこと— つまり せわしない毎日の 数分間 あるいは 季節ごとの数日間 または ある人達がやっているように、人生の数年間 ただ じっとしているのです。
一番心を動かすものを探し出し 自分の真の幸せがある場所を 思い出すためで、時には 目の前の生計を立てることと 人生を創ることが 正反対の道であることに気付きます。

このことは 時代や文化を超えた 先人たちが教えてくれる、昔からある考え方です。
2千年以上も前 ストア哲学者が思い出させてくれるのは、私たちの人生を創るのは、
これまでの経験ではなく
 人生で何をするかということです
例えば 台風が 皆さんの町を襲って あらゆるものが 瓦礫と化したとします。
ある男性は生涯に渡る 心の傷を受けます。
ところが別の人は―彼の兄弟でさえ― 解放感に近いものを覚えます。これを人生をやり直す好機と、とらえるのです。両者に起こったのは 同じ出来事ですが 非常に異なった反応です。

シェイクスピアの『ハムレット』のように ものの善し悪しは 考え方ひとつで決まるのです。
これは私が旅人として 経験してきたものです。
24年前 これまでにない 衝撃的な旅をしました。北朝鮮に行ったのです。
旅は数日間でしたが 私がやっているのは 静かに座って 頭の中で その時間に戻って、考えて、その意義を見出します。すでに24年間もやってきて 生涯続けることでしょう。
この旅行は つまるところ 素晴らしい視点を与えてくれましたが、静かに座ることで、これを持続性のある 洞察力へと変えてくれるのです。
私が時々 感じるのは 私たちの人生の大部分は 頭の中や記憶 想像、解釈 または憶測の中で起こっていて、もし本当に人生を変えたいなら 心のあり方を変える所から 始めるのが良いように思うのです。

こちらも目新しくありません。
シェークスピアとストア哲学者が 何世紀も前から言っていますが、シェイクスピアは一日2百通ものメールに 対処しなくてすみました (笑) 。
それにストア哲学者は Facebookをやっていませんでした。
私たちは日々 プレッシャーに 追われていますが 一番 重荷を課しているのは 私たち自身です。
どこにいても 昼夜かまわず 上司や 迷惑メール 家族に振り回されます。
社会学者が明らかにしたのは、近年— アメリカ人の労働時間は 50年前に比べて減っているにも関わらず、私たちは労働時間が増えていると感じています。
時間を節約してくれる 便利な道具が増えているのに 時には 時間が足りないように 感じています。
地球の遥か遠くにいる人達と 簡単に連絡が取れる一方 、その過程で 時に 自らの心の声を 聞かなくなっています。
旅人としての私が 最も驚いていることの一つは、私たちを新しい場所に 行けるようにしてくれた人達が 得てして どこにも行くつもりが無いと、気付くことです。

つまり これまでの多くの限界を 乗り越えた 最新のテクノロジーを 創り出している人達が テクノロジーに関してさえ 限界の必要性を 心得ているということです。

私はGoogle本社を訪れたことがあり、多くの方が聞いたことがあるものを 全て見てきました。
屋内ツリーハウス、トランポリ、 当時の社員は勤務時間の2割を 自由時間として楽しんでおり、想像力を膨らませることが 奨励されていました。
でも 私が更に感心したことは 自分のデジタルIDができるのを 待っている時に、あるGoogle社員が 教えてくれたプログラムで ヨガをする 大勢のGoogle社員を対象に ヨガのインストラクターを 育成することでした。
また 別のGoogle社員は これから執筆する本について教えてくれまし。
 テーマは内面の検索エンジンと 科学がこれまで実証してきたように 静かに座ることや瞑想が 健康や 明晰な思考に 導いてくれるだけでなく 心の知能にもつながるということでした。
 シリコンバレーにいる 別の友人は 最新テクノロジーについて 大変 雄弁に語れる スポークスマンで 雑誌『Wired』の創刊編集長をつとめた ケビン・ケリーです 。
ケビンの近著は 新しいテクノロジーについてでしたが、彼はスマートフォンやPCを持たず 自宅にはテレビもありません シリコンバレーの 多くの人たちと同様 彼が心がけて 実践しようとしているのが ネット安息日と呼ばれるもので 毎週 24時間 あるいは48時間 完全にオフラインになることで 、オンラインに戻った時に必要な 方向感覚やバランスを 持ち直すことができます。
テクノロジーが 常に提供してくれないものは テクノロジーの賢明な 使い方ではないでしょうか。
安息日と言えば 十戒を見てみましょう。
「聖なる」という形容詞が 唯一使われている単語が 安息日です ユダヤ教の聖書である トーラーの中では 一番長い章に 安息日の教えが記されています。
誰もが知っているとおり 最高の贅沢の一つは 何もないところ です。

大半の音楽で その美しさや 形を彩るのが 休止や休符でしょう。
物書きの私は 本の中に しばしば 沢山の余白を入れます。
そうすることで 読者が 私の考えや文章を仕上げてくれる 読者の想像力が 呼吸できる余裕を与えるのです。

物理的領域を見てみましょう。
多くの人たちが
 もし余裕ができれば 持ちたいと考えているのが 別荘です。私には そんな機会は 訪れないでしょうが 時々 思い起こすのが 願わくばいつでも 別荘を持つことができるということ。
目には見えませんが
 一日お休みするのです。
もちろん簡単ではありません。これに時間を掛けると 翌日に待ち構えているであろう 色々なことが気になってしまいます。時には 食事やセックス ワインを諦めて メールを覗きたくなります (笑)。
 それぞれの季節には 3日間の休息を取るようにしていますが 、かわいそうな妻を残して 出かけることや 上司からの緊急のメールを 無視するのは 少し気が引けます。
友人の誕生日会に 参加できないこともあります。
それでも ひとたび 静かな場所に身を置けば 、妻や上司 友人と共有できる 斬新でクリエイティブで 素晴らしいものは ここに来ることでしか 得られないことに気付きます。
さもなければ 疲労困憊した姿や 気が散った醜態を さらしてしまうだけです。

それで 29才の時に どこにも行かないことで 人生をやり直そうと決めました 。
ある晩 私は職場から 自宅に帰っていて 真夜中過ぎにタイムズスクエアを走る タクシーにいました。
そこで突然 沸き立った思いは 「私は あくせく働き回って 人生をしっかり生きていない 」ということでした。
 当時の私は 幸運にも 少年の頃に夢見ていたものに近い 生活を送っていまし。
 本当に素晴らしい友人や同僚がいて、パークアベニューと20番通りに面する 立派なアパートを所有していました 。世界情勢について執筆するという 魅力的な職業についていましたが 、そこで聞くことができなかったのは 自分自身の声で 自分が本当に幸せなのか 理解することでした。
そして 夢の生活を捨てた私は 日本の京都の裏通りにある 一室にいました 。
その場所は 強烈な力に満ちていて とてもミステリアスな引力を 感じました 。
子供の頃から 京都の絵画を見るだけで どこか懐かしい思いを抱き その場所に行く前から 知っているようでした 。
皆さんご存知のとおり 京都は山地に囲まれた 美しい町で 2千以上もの お寺や神社があり、8百年以上も前から 人々が静かに佇んできまし。
京都に引っ越して間もなく 今の家族である 妻と子供たちと 何の変哲もない通りにある 2部屋のアパートに住まい、自転車もなければ 車も持たない 観れば理解できる テレビも無い生活でしたが 、愛する家族を養わねばなりません 。
紀行作家として、 ジャーナリストとして、 将来につながるような 理想の環境でないのは明らかで 、文化体験や社会経験を積む 理想の環境でもありません 。
文化体験や社会経験を積む 理想の環境でもありません 。
それでも あの時 私が一番 尊んでいたもの— 自分だけの時間を 与えてくれたのです。
 携帯電話は一度たりとも 使いませんでした 。
時計すら ほとんど見る必要が ありませんでした 。
毎朝 起きれば眼前に広がるのは 草原のような 限りない時間です 。
人生で不愉快な驚きを経験する時は 、しばしば— 一度では終わらないものです。
 医師が陰鬱な顔で 私の部屋を訪れたり、 高速道路を走っていると、 別の車が突進してきたり、 私が確信しているのは どこにも行かないで 過ごす時間こそが 私を支えてくれるということです。
 ブータンやイースター島で 走り回る時間よりもです。

私は生涯にわたる旅人で 、それこそ 私の生活の基盤ですが 、旅の美しさの一つは 何もしないということを世界の動きにつなげることができる ということです 。
ドイツのフランクフルトで 飛行機に乗った時のことです。
 私の横に座った 若いドイツ人の女性と なごやかに一緒に話しをしました 。
30分あまりでしょうか 、その後 彼女は向き直ると 12時間 じっと座っていました 。
座席モニターは一度もつけず 本を読んだり 眠ってもいませんでした 。
ただ静かに座っていました 。
彼女が放つ明瞭さと穏やかさが そのまま伝わってきました。
最近 多くの人たちが 意識的に実践しているのは 生活の中にスペースを入れることです。
 ある人は 「ブラックホールリゾート」に行き、 一泊 数百ドルを費やします 。
利用客は到着すると、 携帯電話とPCを フロントに預けます 。
私が知っている方々でも、 就寝前に メッセージを確認したり、 YouTubeの動画を見る代わりにただ明かりを消して、 音楽に耳を傾ける人もいます。
 そうすると ぐっすり眠れて すっきり目覚めるそうです 。
幸運にも 私は ロサンゼルスの高くて暗い山道を 車で走ったことがあります。
 偉大なる詩人で歌手 国際的スターの レナード・コーエンが 、かつて住んでいた場所で、 彼が長年僧侶として働いていた マウントボールディ禅センターがあります。
 私にとっては 驚くにあたりませんが、 彼が77才で発表したアルバムはわざとダサいタイトルをつけて 『Old Ideas』といいますが、 世界17カ国で ヒットチャート第1位に輝きました 。
さらに9カ国では 上位5位に入りました 。
私たちの内にある何かが 切実に求めているのは 彼らのように時間を掛けて あえて静かに佇む人達から得る 親しみやすさや 深みではないでしょうか 。
私たちの多くが感じているのは— 少なくとも私はそうですが 私たちは巨大なスクリーンから 5センチ隔てた場所に立っています。
 そこは騒がしくて 混み合っていて めまぐるしく変化します。
 そのスクリーンとは 私たちの人生です 。
そこから後ずさりして もっと遠くに行く 、そして 立ち止まることで そのキャンバスの意味が 分かり始め より広い視点で 俯瞰することができます 。どこにも行かないことで これを実践している人達がいるのです。

せわしない現代で のんびり進むこと以外に 楽しいことはないはずです 。
気が散ってしまう現代で、 集中すること以外に 贅沢なことはありません。
 せわしなく動き回る現代で 立ち止まる以外 やるべきことはないでしょう 。
さて 皆さんは次の休暇で パリやハワイ ニューオリンズに行かれるでしょう。 素晴らしい時間を過ごされると思います。
 でも 家に帰った時 生き生きと、 希望に満ちあふれ 世界に恋をしたかったら、 どこにも行かないことを ご検討されてはいかがでしょうか ありがとうございました (拍手)。

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