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「あるがままの私」を考える

 

あるがままでいいのですよ』
『あなたでいてください』

こう言われたら…何を感じますか?

思わず涙がこぼれ落ちる?
こんな私じゃイヤなんだと叫びたくなる?
それじゃ向上しないじゃないかと思う?
感じ方は人それぞれでしょう。
私は思います…。

『なりたい私を手放すことが、あるがままの私を愛すること』だと。

なりたい私=〇〇なひと

〇〇には、何が当てはまるでしょう?

素敵なひと
優しいひと
思いやりあるひと
謙虚なひと
強いひと
生き生きしたひと
自立したひと
明晰なひと
決断力があるひと
何でも出来るひと
センスあるひと
たくさん思い付きますよね。

「〇〇なひと」になれたら、また新しい〇〇を見つけるのでしょうか?

存在を確かめる、印みたいですね。

それは、成長の印なのでしょうか?

しかし、その印だけを求めていて、真実の自分を見つけられるでしょうか?

印はあくまで通過点。

いつか『なりたい私』を手放すとき…本当の自由と成長が訪れると思います。

以前の一年のテーマとして、『なりたい私を手放す』ときが訪れました。
それは、戸惑いや、今までの概念に…何度も何度も試されるような感覚でした。
そのときにサポートに名乗りを上げてくれたのは、大天使ハニエルのペンダント。
そしてぎゅぅっと握りしめながらつぶやいていたのは、「最後に信頼が試される」というメッAセージでした。
これは、【ボトル7/ゲッセマネの園】のメッセージでもあります。

私が選ぶ道は、まっすぐに延び、間違いも恐れもないと言うことを示しています。
恐れに見えたのは、ありのままの私を押しやろうとした行為だったと言えるのかもしれません。

「なりたい自分」に捕われて、形 を探していたのかなと考えます。
サンプルになるマスクをつけて、なった私でいようとしたのでしょう。
あるいは、誰かに進められるマスクをつけて、すごくいい人になった気分に浸っただけだったのかもしれません。

もうこれ以上に「私」でいることは出来ないというのに、何を「足りない」と探していたのでしょうか?
自分自身を認めることは、まず自分自身を知ることから始まるのです。

「誰」かになることではないのです。

 

ありのままの私に…なるときに探していた自分自身に出逢える。

Beingの意味を実感しました。