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BrillianceDrop*gardenは、「内なる目覚め」を磨き出す

多くのコースをオーガナイズしています。

オーラソーマ®の認定アドバンスドティーチャー

レムリアンプリーステス™のコガジュンが提供しています。

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コガジュン

AS I ACT 認定 Aura-Soma®アドヴァンス ティーチャー
サトルボディープラクティショナー
オーラソーマ®クリスタルマスター
レムリアンヒーリング®ティーチャー
レムリアンヒーリング®レムリアンプリーステス
レムリアンヒーリング®マスター1ティーチャー

1995年 スタイリストオフィス Bless.U 設立。
RKBテレビ、FBSテレビ、NHK等にてテレビ番組の衣装を担当するスタイリストとして活躍。
夕方の番組から、深夜のバラエティー、スポーツ番組、コマーシャルなどを手がけました。
スタジオセットや、岩田屋さんの会報誌のスタイリング、企業常務の専属スタイリングなどなど、多くのチームにて共に作り上げることを経験させていただきました。
自分自身の担当である衣装を美しく見せるために、技術さんたちに学び、製作に学び、視聴率を毎日チェックするなど、スタイリストとしての枠を超える必要性を知りました。

アパレルメーカーのイトキンにコーディネーターとして就職し、販売員の教育と洋服の流通について携わることができました。店頭ウィンドウのディスプレーや店内ディスプレイなど「魅せる」ことを実践する日々。
当時は短大卒には募集のない会社だったのですが、どうしても働きたいと支店長に掛け合い、就職できたのです。
『情熱』を買って下さった支店長には心から感謝をしています。

そして、スタイリストの修行のため、『ニュースステーション』のスタイリングを担当する東京のKパックにて、一流について学びました。作法や一流の洋服、それらへのデザイナーの想いなどを教えてくれたボスは、いまでも私にとっては母のような存在です。
2年半という期限を決められて東京に住んでいましたが、期限が来たのでKパックを退社して福岡に戻りました。
「一旦戻って、再び東京へ!」そう思っていたのですが、福岡に戻った2ヶ月後に最愛の父を交通事故で亡くしました。

ショックから立ち直れずにいた1年余り。
友人の勧めで、SHIPSにバイトをすることになりました。
「大好きな洋服のことをしながら社会に戻っておいて」そう言ってくれた友人がいなければ、あのままどうなっていたのかなといまでも思うことがあります。友人には本当に感謝でいっぱいです。

その後、やはり「父の想いを見届けたい」と思うようになり、テレビ制作の会社へ就職しました。
父も、一旦就職が決まっていたにもかかわらず、ある人との出会いで「どうしてもRKBで働きたい!」と就職後半年で転職をしたそうです。
そして報道マンとしてしてずっと働いていました。
私が就職したテレビ制作会社は、父の作った「国際女子柔道」にも偶然にも関わりがあり、私もその中で働くことが出来ました。
我が家は「報道マンの家庭」としてちょっと変わった環境で、そして母方の博多商人の血筋色濃く、その中で育ってきました。
しばらく経って、製作としてこのまま働き続けるのか?それとも、スタイリストとしてスタートするのかを悩んでいたころ、東京のボスから「あなたがスタイリストとして再スタートを切るにはこれが最後の年齢よ。選びなさい」とアドヴァイスを貰い、決心をしたのです。
製作会社の社長に相談をして、大きな決断をすることにしました。

当時、福岡にはスタイリストという職種がなく、お洋服を借りるのにも店舗を回り、お願いをしていくことになったのです。
たった1枚の名刺のみ。
これが私の全てでした。

それでも、コツコツと仕事をし続ける間に、7年間を過ごし、気がつけばひとりでは出来ないほどに多くのオファーを受け、いくつもの番組などを受け持つことになりました。
どれも簡単なことばかりではありませんでしたが、いまなら笑って話せることです!
胃にいくつもの穴が空いていたくらいです。

ちょっとした待ち時間に、邪魔にならないように5分でもあれば書店に立ち寄っていました。
そのときに、オーラソーマに出会ったのです。

なんだかわからないけど、なんて美しいんだろう!?

これが出会いです。

それから、受講するために、休みを取らねばならず。
当時の私は1年間のうちに休みはお正月の1〜2日くらいだったので、とても大変なことでした。
お世話になっているショップさんに了承を得て、スタッフに任せ、休憩時間には携帯で連絡を取る。
授業が終われば借り出しと翌日の準備のため、テレビ局へ。

コンサルテーションをするものだとは知らずに受講したレベル1。
「ええ〜〜」と思いつつも、そのまま学び続けました。
学び続けるうちに、自分自身の内側にも変化を感じ、これを多くの人と分かち合いたいと思うようになったのです。(いまでは、コンサルテーションが大好きですよ)

ブリッジを受講するためには、1週間休まねばなりませんでしたから、受講することをすごく悩みました。
ずっとずっと悩みながら、ある決心をしたのです!

「スタイリストを辞めてしまおう」

知り合いのスタイリストさんに全ての仕事を譲るために、下準備を開始。
辞めるときにはテレビ局のひとから「いつでも帰ってこい。自分のやりたい道で食って行けなくなったらひとつくらいは仕事やるからな」
この言葉に励まされました。「ぜったいに諦めないから!スタイリストの仕事には区切りをつけて、カラーセラピストとして生きて行くんだから!!」

そして、ブリッジを受講するために上京して、「ジュエリーの400年展」を見て美術館から出たときに、携帯がなったのです。
「来月から仕事しない?何か予定あるの?」
「いえ、ブリッジを受けるために仕事を辞めたので、ヒマで〜す」
そんなやり取りから始まった、オーラソーマジュエリーのコンサルタント。
ここから2年間、たくさんの人に出会い、オーラソーマをまったくご存じない方々にコンサルをしながらジュエリーを勧める旅が始まりました。
自宅に3日しかいない月もあり、ほとんどをリバアートさんと共に九州を回っていました。
このときも、始めから作り上げるオーラソーマジュエリーの元型に携わらせてもらって、いまでも大切な思い出になっています。

2003年、オーラソーマティーチャーになり、少しづつ仕事が増え始めました。
ラハシャ博士にどうしても福岡に来て欲しくて、はじめてのオーガナイズを経験しました。

その後、
マイク学長を福岡にオーガナイズ。

どれも、私にとっては、大切な人たちに会って欲しい!!!という情熱だけでした。

マイク学長に会うたびに、「Remember me?」と聞いていたのは、
「いつも多くの世界中のひとたちに会っているのだから、私のことは覚えていないだろうな」と思っていたから。
1年に1回会うくらいの私のことを覚えているはずないよな〜と思って、何年間も会うたびに

REMEMBER ME?

と聞いていました。最後には、「覚えているよ、ジュンだろう?」と先に言われてしまったくらいです(笑)

レベル2のテキストに、「Remnber〜再びひとつに戻ること」と書かれていたのを見たときには、
ちょっと恥ずかしくなりました。
「私は、ずっとマイクに会うたびに、こんなこと言ってたんだな〜」と。

そして、数年経って
自分の歩く道について考え始めていました。
「このままオーラソーマを続けていいのだろうか?」と。

レムリアンヒーリングのティーチャーコースにハワイに行った2日目の朝。
気持ちのよい朝の空気に、空を見上げながら・・・
突然、涙が混み上げて来たのです。
「私は自分の道を見失わない!これからもオーラソーマという道を歩き続けるんだ。それが私の人生なんだ」って、心から強く思ったのです。

それから二ヶ月後。。。。

ASIACT.JAPAN(アズアイアクトジャパン:イギリスのオーラソーマ本校アカデミーの日本校)の代表に就任することが決まりました。
これも、私がちょっと理解が足りなくて
「ねえ、わかってる?ジュンちゃんが代表にならないかってマイクは言ってるのよ?」
「え?ええええーーーー?」
「他のことはいろいろ考えなくていいから、やりたい?やりたくない?」
「・・・・・やる」

そんな感じで、受け取りました(笑)

代表に就任したものの、業務の引き継ぎが出来ない状況になり、
全てが手探りのなか、オーラソーマファミリーの皆さんに助けてもらいながら、事務作業と代表としての仕事を行なってきました。
1年経った頃、スタッフが「仕事が多くて辞めたい」と言われ、その後はひとりで業務に当たり、いろんなことが思ったように進まない状態でしたが、私の目標とするところになれるまで、夜遅くなろうとも休みを返上しようともがんばってきました。
そして、それを見かねた全国のオーラソーマティーチャーが、動き始めたのです。

「自分が出来ることは何なのか?」

いままで感情の壁となっていた「恐れ」を超えて、自分に出来ることをする!
そのひとりひとりの質が目覚め始めたのです。

きっと、マイク学長は、この目覚めを待っていたのでしょう。

その後、私は急に辞任することを言い渡されました。

突然のことで涙が止まらない想いでしたが、どうずることもできず・・・
でも、私自身が疲れきっていて、私らしさはどこかに消えてしまっていました。

長年、マスコミで働いて来たから、こういったことには免疫があったので、辞めることにはすぐに了承しました。
ただ・・・・目覚めたばかりのティーチャーたち、協力体制を作り始めたばかりの状況が、まだまだ固まっていなかったので、それだけが心配で。。。

 

宇宙の流れは、適切です!

 

あのときに、辞めていなければ、私は私を見失っていたでしょう。
辛くて、傷は癒えるには時間も必要ですが、それでも、ベストタイミングだったと思います。

いまは、ひとりのティーチャーとして、私に何が出来るのか?
それを考えています。

枠を超えて、
執着を手放して、
ひとりひとりが輝くことに情熱を捧げる。

これが、私の信念です。

 

これからも、出来ることをやり続ける!
宇宙の流れに乗って、地球家族の一員として、出来ることを惜しまない。

 

振り返れば、
大切なことをたくさん学ばせてもらいました。
始まりがあれば、終わりがある。

そこに適切なタイミングが訪れていると思います。

そして、どの瞬間にも、私はいつも全力を注いできました。

そのことをこれからも忘れずにいたいと思います。

 

導いて下さった多くの方々に、心からの感謝と
これから私にも出来ることを、コツコツと続けて行きたいと思います。

 

私は、誰かを囲っていくことが苦手です。
それはとても居心地が悪いのです。

「一緒に成長して行きたい!」

だから手取り足取りとお世話をすることはしませんし、
告知はブログがメインです。

情報は、自分自身で掴みに行って、自分で選んで欲しいと思っているからです。

その姿勢は、今後も変わりませんが・・・・
もうちょっと、個別に連絡したほうが気持ちが伝わるのかな〜なんて思うこともあるので、
もうちょっと、手ぐらいは出そうかと思います(笑)

 

人生の長い時間を歩んできましたので、
プロフィールが長くなってしまいましたがが、最後までお読みくださってありがとうございました!

これから、ご縁があれば一緒に成長して行きましょう!

 

輝ける仲間たちと繋がって行きたいと思っています。

自分自身の質を活かす、そんな仲間を増やしたいって思っています。

 

これからもどうぞよろしくお願い致します。

 

BrillianceDrop*garden コガジュン

この名前は、「輝きのひとしずく」という想いです。
そして、自分自身のハートのガーデンを自分で育てて行って欲しいのです。
ひとしずくという小さな存在も、集まれば、海にも空にもなれるのです。
そして、どんな花を咲かせたくて種を植えるのか?それを選ぶのは”あなた”です。

クールクー
092-714-0055
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火・金  :12:00〜21:00
月・水・木:12:00〜17:00
土・日  :12:00〜19:00

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